HIROMI INAYOSHI ARTS 稲吉紘実の芸術

CONCEPT

神器、内なる美の顕れ

稲吉紘実の芸術のテーマは人間です。
一人の人間、人物を芸術として、新たに創造する、
それが稲吉紘実の「象徴芸術」です。

稲吉紘実は今日まで、数百名の人物の
パーソナルマークをデザイン、創作してきました。
稲吉紘実のデザインするマークは、美術、
芸術へと昇華し、「象徴芸術」という、新たな
デザイン・芸術分野を確立するに
至りました。

この地球には80億を超える人間がいます。
その一人ひとりが違う個性をもち、尊い、
唯一無二の存在として、この世に誕生しています。
まさに、人間そのものが自然に咲く花の
ように、空を舞う蝶のように、美しい創造物であり、
存在であり、芸術そのものなのです。

しかし、人類の多くは自らが唯一無二の
芸術、作品であるということを自覚できず、私達、
一人ひとりが尊く、美しい存在であることを、
かけがえのない美しさを内在しているということを、
忘れてしまっています。

ならば、その美しい内なる姿・貌を、形にしよう。
80億の、一人ひとりの美しさを描き出し、
創造すること、それこそが、稲吉紘実の「象徴芸術」の
テーマであり、総合芸術家としての稲吉紘実の
使命なのです。

この途方もない、限りない、前人未到の
テーマに稲吉紘実は挑み、 究極の芸術、「象徴
芸術」の創作に日々邁進しています。

そして、その芸術は、世界に比類なき漆蒔絵
という伝統美の技法を得て、立体に造形され、「神器」
として、人類の象徴へと昇華させ、テーマとなる
人物に、不滅の命を授けるのです。

HIROMI INAYOSHI

稲吉紘実の象徴芸術 神器

私の芸術の根幹は人類が誕生する遥か
以前に遡る。始めに、木、漆があり、貝があり、花が
咲き、玉蟲が生息していた。そして、人類、
人間が、人が誕生した。自然も人も、かたちある
ものは何者かが創造したに違いない。
そして、それこそが芸術、何者かの作品だ。私は
その何者かを「創造の源」と呼ぶ。

私は創造の源からインスピレーションを得て、
自らの芸術を、作品を創造する。創造の源が人間を、
人を創造し、かたち造ったように、私は人間を
象徴とし、新たな芸術を創造し、かたち造る。それが
稲吉紘実の象徴芸術なのである。

象徴芸術とは、人間の目には見えない姿
かたちを捉え、象徴化し、目にみえるように物質化、
創造する、これまでの肖像絵画、芸術とは
一線を画す新たな様式である。

これまでの肖像芸術を代表するレオナルド・
ダ・ビンチは見たままのモナリザの姿、貌を描いた。
ゴッホは見たままのアルルの女を描いた。
ピカソも見たままの姿、形を抽象化したが、そこに
は目もあり花があり、口もある。ロダンは
見たままの考える人の姿、形を彫刻にした。が、
私は、目には見えない、その人物の内なる
姿、貌、肖像を象徴化し、創造、物質化し、芸術へと
昇華させる。

真の芸術とは新たな概念、誰も見たことも
ないもの、世界を創造することであり、それこそが
真の芸術家の使命である。故に私は誰も
見た事がない、人間の内面、心、精神、魂を象徴
化し、目にみえるように肖像化した内なる
肖像を描き、象徴芸術として創造するのである。

そして、究極の象徴芸術が神器である。創造の
源が人間を創造したように、私はその人間を象徴
化し、芸術作品として、その人間に永遠の命を
与えるのだ。そして、神木と漆で創作された神器は
永遠に朽ちる事なく、人類の歴史に刻まれる。
故に、神器なのである。

ここに収録した、象徴芸術 神器の数々は
日本を象徴する漆を纏い、これまで誰も見たこと
のない究極の美術作品へと昇華している。
一人の人間が神器として、人類の歴史に永遠に
刻まれ、人類の神器とする。それこそが、
私の芸術家、美術家としての使命なのである。

フランシスコ ローマ教皇猊下は御逝去
されたが、ローマ法王猊下の象徴芸術 神器は、
漆黒の漆を纏った面に、フランシスコの
花が美しい螺鈿で象嵌、刻印され、決して朽ちる
事がない神器として、人類の歴史に永久に
残るのである。

私はこれまで、数百人の人々、人間の象徴
芸術を創作してきた。その一つひとつの作品を
見れば、全ての人々が、一人ひとり美しく
尊い存在だ。 そこには地位も、名誉も、肩書きも
超えた、ただその人物の内なる美だけが
顕れるのだ。故に人間は美の下では皆平等なの
だと、私が、象徴芸術作品がそれを証明
したのである。

私は生まれて、今日まで、この身をデザインに、
芸術に、美術に、その全てを捧げてきた。
そして、遂に象徴芸術という芸術の新たな道を
切り開き、芸術の頂上、神器へと辿り
着いた。 その時、私自身が神器そのものへと
昇華した。

美術家

稲吉紘実